影面の道
「影面の道」とは、古代山陽道のことである。古代日本では、陽のあたる山稜の南面を「影面」(古代山陽道)、北面を「背面」(山陰道)とも呼ばれていた。(参考;佐伯区散策マップ「影面の道」)
秋色を帯びた空の下、仲間の「落合郷土史研究会」メンバ-と共に、(現)佐伯区の石内及び利松地区を通る「影面の道」、その官道沿いにある史跡を巡った。その中の主たる数ヶ所をこのペ-ジに記す。
臼山八幡神社
延暦2年(783)豊前国宇佐八幡宮から勧請したもので、祭神は神功皇后、応神天皇、仲哀天皇と伝わる。明治41年(1908)村内にあった新宮神社を始め、29社を合祀し、石内村総氏神となった。(参考;由緒より)境内の鬱そうたる木々に囲まれて、拝殿・弊殿・本殿、その左側(向かって)に、明治41年(1908)に臼山八幡神社に合祀された新宮神社、更に稲荷大明神の本殿が建てられている。
永井建子記念碑
境内の西隅には、広島県佐伯郡石内村(現・広島市佐伯区五日市町)の出身で、日本近代洋楽の祖といわれ、陸軍軍人、陸軍軍楽隊第6代楽長、音楽家、作曲家である永井建子(慶応9年・1865~昭和15年・1940)の記念碑が建てられている。軍歌『元寇』『雪の進軍』は有名。『雪の進軍』は、高倉健主演の映画『八甲田山』の挿入歌でもある。また、広島・崇徳高等学校校歌の作曲者でもある。
枡井手
分水装置は、円筒形分水、扇状分水などがあるが、此処の分水は扇状分水の一種で、作付面積に応じた比率で2方向に分ける簡単なものである。
昔から水をめぐって、集落全体の生命を賭けた争いがあった、こうしたことを避けるための措置である。
日本廻国記念奉納地蔵
「下湯戸」のバス停から600mほど南下、右手前方の山道を入ると、ちょっと開けた開削地に記念碑と地蔵がある。寛延3年(1750)に利松村の僧教誉智真が諸国を廻国巡礼し、その記念に奉納した地蔵とのこと。(参考;佐伯区散策マップ『影面の道』)石内地区は田園風景がよく似合う道である。秋晴れの中、黄金の波に囲まれて歩く。
「史跡探訪目次」に戻る