成願寺・毘沙門天立像


過日、落合郷土史研究会主催の因島探訪に参加して、名刹・成願寺を訪れた。 東大寺の金剛力士像を模したとされる(ガイド先生の話)山門前の銅製仁王像の出迎えられて山門を入る。

因島・成願寺
明光山成願寺(じょうがんじ)(尾道市因島中庄町)は曹洞宗の名刹で、境内の立札によれば、文安の頃(1444~1449)宮地大炊助明光(※)が因島庄山方に開創した仏通寺派の臨済禅寺であった伝えられている。天正十年(1582)衰えていた寺勢を現在地で再び盛んにし、元禄五年(1692)再建され、曹洞宗に改宗した。
(※)宮地大炊助明光・・・因島村上氏の家臣
 
 また、同寺の毘沙門堂には大小2躯の毘沙門天立像が安置されています。他に村上水軍の旗印「八幡大菩薩」の古幡が保管されている。

成願寺毘沙門堂・木造毘沙門天立像
 







毘沙門天立像・・・毘沙門天とは四天王の一つで、北方を守護する多聞天の別称である。通常単独で祀られる場合を毘沙門天と呼ぶ。 
 この像は、宮地大炊助が同地に建立した毘沙門堂の本尊として祭祀されたものとのことです。
 像高約50cm、木造(寄木造か?)。制作年代は、同寺が元禄5年(1692)に再建され、毘沙門堂の本尊として祀られたとあるから、おそらく本像も桃山時代~江戸時代初期のものと思われる。 像容は,頭上に唐風の冑を付け、右手に戟、を持ち左手の宝塔は欠落している、足下には2体の邪鬼を踏む。
 身には天衣を腹部に大きく垂らし、両腕に獅噛を付け、肩甲、胸甲、腹甲、腰甲、踁甲などを着けている。 また、光背は、火焔輪宝光を背にしている。
 厨子入り像であった所為か当時の彩色が非常に良く残っており、保管状態が良い像である。
邪鬼

 










尚、本像は通常は公開されていないとのことです、当日は特別に公開していただいたとのことです。

仏像の撮影と掲載は成願寺住職の許可をえています。(住職に深謝)

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